琉球新報 記事詳細

日 付 2001/05/01  朝・夕刊 朝刊  特集  12  1版 
見出し 第3回世界のウチナーンチュ大会まであと半年/自己実現というロマン/新垣誠/沖縄キリ短大助教授 
本 文
第3回世界のウチナーンチュ大会まであと半年/自己実現というロマン/新垣誠/沖縄キリ短大助教授


 第三回世界のウチナーンチュ大会(主催・県、県国際交流・人材育成財団、沖縄観光コンベンションビューロー)の十一月一日の開幕まで半年に迫った。新天地を求めて大海原を越えていったウチナーンチュたち。その百年の歴史の中で培われてきたネットワークは私たちの貴重な財産だ。今回の特集では、世界に広がるウチナーンチュのネットワークと、そこから育はぐくまれた食文化の交流を紹介する。

 目の前に広がる広大な海は、わたしたちを無限の可能性へといざなう。海の向こうには、近代という時代のロマンがあった。一世紀にわたり、海はわたしたちの先人を運び、彼らの夢を運んでいった。しかし、はるか遠い海の向こうにしか夢を見いだせなかったのも、また沖縄の近代だったのだ。当時、「移民県沖縄」が意味するものは、冒険心でも開拓精神でもなかったはずだ。「夢と希望」という言葉の裏には、恋しい親兄弟から、故郷沖縄から引きはがされる彼らの痛みがあったことも忘れてはならない。
 私たちの先人は戦前、ハワイ(一八九九年)をはじめメキシコ、フィリピン(一九〇四年)、ペルー(一九〇六年)、ブラジル(一九〇八年)へと、幾つもの海を越えていった。移住先での苦難や差別に屈することなく、一心不乱に働いた。
 彼らの汗と涙でにじんだ送金は、「ソテツ地獄」の故郷沖縄を潤した。また地上戦で廃虚と化した沖縄へさまざまな救援物資を送ったのも、海外へ渡った先人たちであった。
 太平洋戦争後、まだ反日感情が吹き荒れるハワイで、夜通し衣類や生活必需品を木箱に詰めた先人たちの心を、わたしたちは忘れていないだろうか。
 戦後、海外への移住者が激減した日本国内で、アルゼンチン、ペルー、ボリビアなどへの移住者を、沖縄は送り出し続けた。海の向こうへ夢を求めざるをえない枯れた現実が、まだまだ戦後の沖縄では続いたのだ。
 しかし、今日、豊かになった沖縄からヨーロッパや北米へと海を渡っていく人々は、新しい夢を描いている。彼らが追い求めるものは、自己実現というロマンなのだ。
 沖縄に夢を見て、海を渡ってくる人々がいる。南米から出稼ぎにきている沖縄県系人だ。彼らの多くもまた、故郷で待つ、愛する家族のために日夜働いている。彼らの姿は、わたしたちを支え続けてきた海外の先人たちの姿でもある。
 「世界のウチナーンチュ大会」も、今回で三度を迎える。先人たちの姿を忘れない心は、そろそろわたしたちの日常生活に根差してきてもいいころだろう。


備 考  
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