琉球新報 記事詳細

日 付 2003/08/01  朝・夕刊 朝刊  文化  19  1版 
見出し <「宮良長包作曲全集」を刊行して>大山伸子/心に刻み込まれた新発掘曲/研究はまだ一区切り 
本 文
<「宮良長包作曲全集」を刊行して>大山伸子/心に刻み込まれた新発掘曲/研究はまだ一区切り


 代表的な遊戯歌《むすんでひらいて》は、母国フランスから伝播(でんぱ)、日本で最初の音楽教科書『小学唱歌集』(一八八一年)に掲載され、今日もなお愛唱されている。その原曲は、フランスの思想家ジャン・ジャック・ルソー作曲のオペラ《村の占師》(一七五三年作)であり、彼の遺(のこ)した作品は百曲にも及ぶという。
 『宮良長包作曲全集』にご序文をいただいた海老澤敏先生は、ルソーの作品も今だ解明されていないことに触れ、教育家、作曲家としての「ルソー」と「長包」を重ね合わせながら、今なお不明の長包作品を掘り起こし、その真髄を明らかにしようとする本書出版の意義をこう述べておられる。「この音楽家の魂の軌跡でもある歌の数々は、(略)その響きをおのれの魂に深く刻み込んだ人たちの(略)努力によって、彼がこの世に遺(のこ)していった宝石のおおよそすべてが、楽譜の形で再現されるに至ったのだ」と。

●同時代の文献を検証

 そもそも、『宮良長包作曲全集』の眼目は、これまで楽譜化された長包メロディーに加え、楽譜不明のものや埋もれたままの曲をできるだけ掘り起こし、長包の全作品を楽譜収録しようとするものだった。
 昨年四月、長包やその作品について本紙紙面で情報提供を呼びかけたところ、長包の教え子やゆかりの方、さらには長包メロディーを口ずさんできた多くの方々から、次々と貴重な情報が寄せられた。
 歌を覚えている歌唱者は、八十歳以上のご高齢の方々がほとんどで、七十年、八十年前の記憶の糸を手繰り寄せるように、一音一音ていねいに歌って下さったのだった。それは、どの場面も感動的で、長包が生涯、いかに郷土の音楽教育に情熱を注いだ教育者であったかを実証するものだった。
 しかし、曲名もまったく知られていないこれらの採譜曲が、果たして長包作品であるかどうかを判断しなければならない難しい局面に直面することになったのである。
 昨年九月、本紙紙面に録音採譜の作品リストを掲出、再び情報提供を呼びかけた。また、長包は、大正デモクラシーの童謡運動に傾倒、自身の作品や音楽指導にもそれらが反映されており、記憶を辿(たど)って歌う歌唱者には、長包作品と他者の作品が混同されやすい一面があった。
 それらを明らかにする手立てとして、東京所在の図書館に足を運び、長包が音楽活動を行った明治時代から昭和にかけて刊行された音楽教科書や関連書を検証。その結果、採譜曲の中には、山田耕筰や当時活躍した作曲家の作品も含まれており、長包の作品でないものも確認できたのだった。

●作曲分析に基づき精査

 さらに、決定的な要素は、長包の作曲分析に基づいた精査である。長包は、創作旋律のモチーフを複数の曲に活用しており、例えば、新発掘作品《朝暁(あさけ)の光》は、《中山城万才マーチ》の冒頭部旋律や、《楽しく遊べ》の中間部旋律と酷似しており、新発掘作品《春深し》は、《石垣町歌》や《白さぎ》の出だしと同旋律で、それは、長包独特の作曲手法というべきものなのである。加えて、長包の生まれ育った石垣島、そして沖縄本島、さらには、東京、神奈川県在住の教え子やゆかりの方々から聞き取り調査を行い、それらを裏付ける資料とした。
 その結果、採譜曲のうち、これまで曲名さえも知られていなかった八曲を長包の作品と断定し、それらを含む新たに楽譜化した三十曲と、楽譜収集し補訂した三十曲、さらに、これまでに楽譜化された四十二作品を加え、計百二曲の歌曲・童謡・校歌・団体歌の楽譜収録が実現したのである。処女作《笛》や、最後の作品といわれている《国体口説》の楽譜化も、まことに意義深いといわねばならない。
 長包生誕百二十年の今年、私は、ある歴史的な瞬間に立ち会う幸運に恵まれた。すなわち、去る、四月二十七日の「宮良長包作品集」(NHK沖縄放送局主催)のコンサートにおいて、長包の新たな曲、《大鷹子鷹(おおたかこだか)》《発音唱歌》が演奏され、聴衆の注目を集めたのである。
 また、六月十四日に行われた「宮良長包コンサート」(在沖石垣市郷友会主催)では、新発掘作品の《春深し》《朝暁の光》が、オーケストラ編成(高宮城徹夫氏編曲/指揮)で演奏され、沖縄交響楽団の豊かな音の響きと共に、長包メロディーが遥(はる)かな時空を超え、まさによみがえった瞬間だったのだ。鳴り止(や)まない拍手は、新たに加わった長包メロディーが聴衆の心に深く刻み込まれ、長包音楽が゛不滅゛であることを強く印象づけるものであった。

●灯台下暗しの新情報

 さて、『宮良長包作曲全集』は、長包音楽や長包研究の、ある一区切りの集成として提示したに過ぎない。なぜなら、゛長包゛は、なお解明すべき多くの可能性を秘めているからである。現に、もはや目にすることは不可能とされていた作曲集『首里古城』(一九三六年二月出版)が、県立公文書館に所蔵されていることも、本書刊行の直前に判明したばかりである。
 さらには、《大鷹小鷹》が八重山の一部地域でわらべ歌として、素朴な旋律形(本書楽譜とは異なる)で記憶され歌われていたという貴重な情報もあり、まさに灯台下暗しであった。このような情報やご指摘がさらに増え、今後、長包解明の大きな推進力になることを切に願っている。
 本書が゛長包゛をさらに詳(つまび)らかにする発信源として、また、長包メロディーが世代を超え歌い継がれていく一翼を担う歌曲集となれば、この上ない喜びである。
 本書出版は多くの方々の情報提供なしには、実現できませんでした。皆様の多大なご努力と惜しみないご協力に心からの感謝を申し上げます。
(おおやま・のぶこ 『宮良長包作曲全集』編者、沖縄キリスト教短期大学助教授)

 『宮良長包作曲全集』は2800円+税。琉球新報社出版部098(865)5100。



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