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日 付 2003/09/13  朝・夕刊 朝刊  政治・行政  2  1版 
見出し <夢をつなぐ・南米ウチナー社会>5/事業規模拡大に期待/幸地さん、菓子製造で成功/アルゼンチン(下) 
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<夢をつなぐ・南米ウチナー社会>5/事業規模拡大に期待/幸地さん、菓子製造で成功/アルゼンチン(下)


 二〇〇一年末に発生したアルゼンチン通貨危機は、対外債務の返済停止による国際的な信用失墜を招いたほか、国内的には預金引き出し制限など、県系人にも少なからず影響を与えた。失業率は昨年五月に21・5%と過去最悪になるなど、厳しい経済、社会情勢に直面している。雇用の悪化とインフレに伴い貧困層が拡大する中、県系人の多くは中産階級としてアルゼンチン社会の一翼を担っている。
 在亜県人連合会によると、クリーニング店、花屋、野菜作りが移民一世の三大職業で、家内工業的な分野で社会的にも認知されていった。二、三世では、医師や弁護士、公認会計士、技術者などが増えているという。そうした中で、比較的に大規模な事業を手掛ける県系人もいる。
 ブエノスアイレス市内でチョコレート製造会社を営む幸地繁雄さん(七六)=嘉手納町出身二世=は、ペルー生まれで十一歳でいったん帰国。県立一中で鉄血勤皇隊に入隊し、喜屋武岬の洞くつで捕虜になった。終戦後の一九五一年、一家で渡亜し、食料品店や食堂経営などを経て、六九年から菓子工場を始めた。
 欧州などから機械を段階的に購入、生産規模を拡大し、現在は従業員六十人を抱える。工場の敷地面積は約四千平方辰如一日三―四鼎離カオ原料を使用し、約百種類のチョコを製造する。新たに同規模の土地と工場を近接地に購入し、来年から生産体制を倍増するという。
 幸地社長は「捕虜収容所で初めて食べたチョコは本当に甘かった。平和な国に住みたいという希望があった」と語る。毎年のように本場の欧州視察を重ね「チョコ作りは負けない」と自負する。将来的には南米全土に輸出する意向だ。
 一方、WUBアルゼンチンは今年四月、みそやしょうゆなどの日本製品やアルゼンチンの健康食品を取り扱うスーパーを開店した。WUB会員七十一人を株主とする新会社「共進貿易」で、県系人ネットワークによる新たな試みだ。
 靴専門チェーン店やパラグアイで製材所を経営する屋宜宣太郎氏=宜野座村出身一世=が社長に就任。「WUBによる会社設立には二、三世の力を伸ばそうという狙いがある」と話す。客の七割がアルゼンチン人で、売り上げは目標を上回るなど滑り出しは好調という。日本国内で人気のアルゼンチンワインの沖縄輸出も計画している。
 経済危機克服に取り組むアルゼンチンで、最大の援助国である日本を代表する県系人の役割は小さくない。県人連合会の玉城智会長=名護市出身一世=は「この時期に日本の知事によるアルゼンチン訪問は、この国の指導層にとっても励ましになったと同時に、沖縄県系人のよいアピールにもなった」と総括した。
(政経部・外間聡)



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