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ボリビアレポート8(重田辰弥)
Sent: Friday, November 15, 2002 5:43 PM
Subject: (ボリビヤレポート8)

 「WUB誕生の背景」

 「WUBとは何か」ボリビヤ大会に参加して改めて考えさせられた。
今回はその成立の社会的背景を2,3考察したい。その成立は直接的には琉球新報社
の「世界のウチナーンチュ」連載企画が県主催の四年一度の「世界ウチナンーチュ大
会」を触発し、それを契機にハワイのロバート・仲宗根氏が提唱してWUBが誕生した
というのがよく言われる経緯だ。大筋間違いはないと思うがもう少し時代的な背景が
考えられる。

 一つには80年代後半の日本の経済バブルとそれに伴う人手不足だ。日本政府は人
手不足解消策として産業界の要望に押されるようにイランやバングラデッシュからも
ノウビザで働き手を受け入れ、中でも南米の日系人は特別扱いで受け入れ、多くの南
米日系人の目が日本に注がれた。もう一つ忘れられない背景が沖縄2、3世に対する
の琉大への県費留学制度だ。現にブラジルやアルゼンチンのWUB役員にはこの県費
留学生出身が少なくない。いずれも時代的には日本経済の隆盛が背後にあった。

 そしてこの層は一世を中心とする県人会とは色合いが少し異なり、それがWUBと
の温度差に繋がっているように思う。
もっともどこのWUBでも現実には1〜3世が入り混じって形成されているから純粋類型
的な区分は出来ない。今回のボリビヤWUBメンバーの中核は戦後渡航の若い人達だ
が、それでも沖縄生まれのメンバーには郷愁、沖縄を知らない現地生の2、3世は出
自ルーツの確認という差が感じられた。以後県人会とWUBについてもう少し考えて
見たい。以 上

 (写真はWUBインタナショナルメンバー開会式)